老子の教えに学ぶ、「今を生きる」ということ
- Chiharu Miura
- 12 時間前
- 読了時間: 3分

この夏は、私にとって大きな変化の波を感じる1ヶ月でした。
子供たちの成長。
私自身の役割の変化。
そして、年齢とともに少しずつ変化していく自分の心と体。
これから来るであろう波を目の前にして、正直、過去にしがみつきたくなる気持ちがあります。言いようのない寂しさもあります。
焦りに似た感覚も、ふと顔を出します。
子どもの小さな手を握っていた日々の温もりや、がむしゃらに駆け抜けてきたこれまでの時間。
大切であればあるほど、人は変化を恐れ、過ぎ去るものを引き留めたくなってしまいます。
そんなとき、いつも私の心に染みてくるのが、老子『道徳経』の教えです。
■ 老子が説く「タオ」と変化
道徳経には「道(タオ)」という言葉が繰り返し出てきます。
それは、この世界すべてを貫いて流れている、大きな大きな流れのこと。
季節が巡り、水が高いところから低いところへと流れていくように、私たちのいのちも、この「タオ」に沿って絶えず変化し続けています。
子供が育っていくこと。
自分の役割が変わっていくこと。
体が変わっていくこと。
それは、私が何かをしくじったからでも、抗いきれなかったからでもなく、ただ「道」がそうであるように、自然に起きていることなのだと思います。

■ 無為自然に学ぶ、抗わない生き方
老子は「無為自然」を説きました。
流れに逆らって力ずくで押し留めようとするのではなく、その流れに沿って、あるがままに生きること。
これは、「諦める」こととは違うと、私は感じています。
流れに身を委ねながらも、その中で今できることを、精一杯やる。
今日という日を、今この瞬間を、丁寧に生きる。
それが、道徳経が教えてくれる「抗わない強さ」なのだと思います。
陰ヨガのマットの上で、長くポーズをキープしているときの感覚と、どこか似ています。抵抗せず、ただそこに在る。そして味わう。
すると、緊張が少しずつ緩んでいき、代わりに深い呼吸が戻ってくる。変化の波に対しても、同じことが言えるのかもしれません。
■ 今この瞬間を慈しむ
過去にしがみつきたくなる気持ちも、寂しさも、無理に消そうとしなくていい。それもまた、今の私に流れている、自然な感情なのだと思います。
ただ、その感情を抱えながらも、私にできることはひとつ。
過去を惜しむのでもなく、まだ見ぬ未来を不安がるのでもなく。
今、この瞬間に目の前にある時間を、かけがえのない宝物として精一杯慈しむこと。
今日、子どもと交わす何気ない会話。
今日、マットの上で感じる自分の呼吸。
今日、目の前に広がる夕暮れの空。
すべては自然界の春夏秋冬と同じように、美しく必然的な生命の巡りです。
一つひとつを、失う前提で恐れるのではなく、失うからこそ、「今ここにある」ものとして味わうこと。
大きな流れは止められません。
けれど、その流れの中で、今この瞬間をどんな眼差しで生きるかは、いつも私自身に委ねられています。
■ 陰ヨガで「今を生きる」感覚を
変化の夏を経て、私はあらためて、老子の言葉の静かな強さに支えられています。
もし今、あなたも何かしらの変化の波の中にいるなら、少し立ち止まって、深く呼吸をしてみてください。
抗わず、そこに在る練習を、陰ヨガのマットの上で一緒にしてみませんか。
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